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鹿背山元気

プロジェクト

のこと

ごあいさつ

木津川市長 河合規子氏

木津川市では、学研エリアに唯一残った鹿背山の自然を守るため、『生物多様性木津川市地域連携保全活動計画』を策定し、市民や企業等との協働により、希少種の保護と里地里山の再生保全を進めています。鹿背山元気プロジェクトの活動に敬意を表するとともに今後に期待いたします。

 

鹿背山元気プロジェクト会長 田辺英夫

鹿背の山 樹立を繁み 朝去らず

来鳴きとよもす 鶯(うぐいす)の声

『万葉集』にも詠われた鹿背山の里山が元気になってほしいと楽しく頑張っています。鹿背山元気プロジェクトにご参加ください。おいしい空気を胸いっぱい吸って、お楽しみください。

【鹿背山元気プロジェクトとは】
地域住民と森林ボランティアが集まり、2006年に里山再生活動を開始しました。
生物多様性の改善や活動拠点の整備(約1ha)や里山イベントを実施しています。2018年度には整備・管理面積が約12haとなる予定です。
【鹿背山とは】
鹿背山(かせやま)は『万葉集』にうたわれ『続日本紀』にも登場する1300年の歴史ある里山です。奈良時代,聖武天皇の天平 12 (740) ~16年にかけて、ここには恭仁京(くにきょう)という都が置かれました。たった3年間でしたが、泉川(木津川の古名)や鹿背山の里山をくみこんだ広大な都市となるはずでした。
『万葉集』には「みもろつく鹿背山の際(ま)に 咲く花の 色めづらしく 百鳥の声なつかしく」という歌があります。過ぎ去った恭仁京をなつかしむ歌です。「みもろつく」とは「神さまをまつる」という意味の枕詞です。むかしの人々は鹿背山を「神の山」と考えました。

歴史地理学の足利健亮先生が考えた恭仁京のイメージ

鹿背山の里山は、関西文化学術研究都市「木津北地区」(約152ha)として開発される計画でしたが、2003年に中止となり、2014年に木津川市の市有地となりました。都市化の中に残された貴重な自然環境として、生物多様性地域連携促進法による保全活動計画(「みもろつく鹿背山再生プラン」)が策定され、鹿背山元気プロジェクトも地域連携活動団体として参加しています。

上の絵をクリックすると木津川市の関連サイトが開きます

【新たな展開と課題】
ナラ枯れの大木を伐採し散策ルートや林間広場を整備して参加者を受け入れる態勢を整え、さらなる活動の誘発を図っています。このような除間伐が茂り過ぎた林内を明るく、風通し良くして生物多様性を保全するのです。特に鳥類の飛翔空間となる谷筋を整備する必要があり、「オオタカとヤマザクラの森」が生まれます。
身近な生物多様性に目を向けてもらうよう、小学校・高校と連携して子どもたちの里山学習を促進しています。
里山を学校教育の場とし、里山の木や土で学校・家庭を緑化するような好循環を育てています。市内の中堅・若手やニュータウン住民が里山に入って環境再生を担い、世代交代をすることがのぞまれます。

世代交代のために、アートスクールやエコツアーや里山マルシェなど里山を活用する地域ビジネスを試行しています。

各種ダウンロード

​リーフレット

(2015)

​冊子「ふるさとつくろう

​~里山と循環するまちづくり」

(2017)

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​絵本

「みーつけた」

​(2017年)

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​絵本

「生きものや神さまと遊ぶ里山」

​(2018年)

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​絵本

「なんでやろ?なんでかな?~里山のふしぎをしらべよう」

​(2019年)

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冊子「千年の里山をつくろう~森づくりガイドブック」

​(2019年)

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